哲学入門 その5(後編)
今日はやるで!
気づいたら前後編でほぼ一週間空いていた……。
引き続き
哲学入門 (ちくま新書)(戸田山和久、2014)
の
第5章 目的
の後半をやります。
前回は表象の記述面と指令面が一体化した「オシツオサレツ表象」を考え、人間が「目的手段推論」という特権的な能力を得るためにその二面の分化が必要であることを確認した。
引き続きその二面の分化のための条件について検討していく。
自らを省みることのできる表象
まずは指令面だけの表象=目的状態表象の分化について考える。
完全な目的状態表象のためには次の区別を満たしていることが必要である。
- 自分の行動から生じうる未来の出来事を予測する
- 未来の出来事を自分の行動を導く目標として使う
二つ目の点に注意が必要である。重要なのは「自分の行動の未来を予測し、それに加えて(それが望ましくない場合)それを回避することを目標として行動を決定できる」ということだ。
オシツオサレツ表象においては、「行動を指令する表象」と「その動作の結果としてどうなるかという未来の状態を表す表象」とは同じとは限らない。
→未来の状態を「目標として」表象するために、その表象が、表象されている未来の状態が実現されるように、現在の行動を調節できなければならない。
→このためには「目標に達したか否か」を認識できることが必要である。
→そのためには、目標の表象と自分の行為結果の知覚表象が比較可能=同じ「言語」でコード化されていなければならない。
頭を回して生き残る
次いで記述面だけの表象(=行動の産出から分離され、当面のいかなる特定の目的にも捧げられていない信念)について考える。問題は次の二点である。
- その表象を持つことの利点は何か
- そのためにはどのような表象システムが必要か
まずはこの表象の利点について。
ダニエル・デネットの心の進化のスケッチを援用する。彼は問題解決へのアプローチの視点から進化のシナリオを考えた。
- ダーウィン型生物
→個体の差異による総当たりアプローチ。種全体として問題解決がうまくなる。 - スキナー型生物
→一個体の中の方法による総当たりアプローチ。試行錯誤的。個体として問題解決がうまくなる。 - ポパー型生物
→シミュレーション、思考実験によってあらかじめ表象のレベルでテストを試みるアプローチ。
われわれは「ポパー型生物」であると考えることができる。
ポパー型は前二者に比べ明らかに生存に有利である(試行錯誤の過程で誤って死ぬ可能性が低い)。そしてこのポパー型生物であるためには、記述の表象と指令の表象が明確に分離されていなければならない。
→(ポパー型生物として)記述のみの表象を持てれば生存に有利
次に考えるのはそのような表象システムの実現方法である。それには二つの要件が化される。
- 表象と表象の間にその内容に拘束されない自由な推論が可能でなければならない
- 実践テストではない仕方(思考実験)で正しさをテストする手段があるような表象でなければならない
一つ目の要件。
シミュレーションのためには、客観的な世界の構造とそこで起こりうることがらについて、できるだけ多くの表象を効率的に生産することが重要である。
→あらゆる感覚器官における表象を一元的に扱えると有利。
→組み合わせて使えるような一様にコード化された表象が必要。
二つ目の要件。
シミュレート、思考実験した表象について、その正しさをあらかじめ検討できなければいざ使うときに危険である。
→表象体系の内部に閉じたチェック法は「表象同士のつじつまがあっているか」によるしかない。
→ミリカンは「主語と述語に分節化され、否定形を作ることができるような表象」ならばそれが可能だと考える。
→これは同時に「ポパー型生物の心に宿る表象は文に似た構造を持つ必要がある」ということを主張している。
補足:逆問題とタスク分析
ここまでやってきた議論のやり方を「逆問題を解く」あるいは「タスク分析」という。
=ある関係が起きている事実からスタートして、その結果(出力)がどんな原因(入力)から発生しているか、その結果が起きるためにはどのようなことが起こっていなければならないか(タスク)というように推論する思考法。
タスクをサブタスクに分割し、そのサブタスクを実行するために必要な構造を考える。
「本当の」目的手段推論
ここまでの議論からオシツオサレツ表象のような「目的もどき」から、「独立した目的の表象」がいかにして分化しうるか、またその分化のためにどのようなことが必要かが明らかになった。
この準備の元で「ホンマもんの目的手段推論」に明示的な定義を与える。
目的手段推論とはおおざっぱにいうと、「目的状態の表象(欲求表象)と事実表象(信念表象)とを組み合わせて、目的に適った行動を生み出すシステム」である。
「ホンマもん」はさらに次のような特徴を備えていると考えられる(パピノーによる)。
- 事実的表象として普遍的情報の表象も用いられる。
→「Aは一般にBである」という形の事実的表象。 - その普遍的表象は他の普遍的表象と結びついて新たな普遍的情報を生み出すような仕方で処理される。
→目的手段推論では普遍的表象を明示的に使っている。 - 事実的事象は自己中心的表象ではなく客観的表象である。
→自分には無関係なことにも因果的順序関係を表象できる。 - 目的手段推論は内容特定的ではない。
→ありとあらゆるテーマについて使用できる。
検討:目的手段推論は他の能力の進化の副産物か?
目的手段推論の能力は、「それ自体に適応的な価値があったために選ばれて進化してきたのではなく、他の一般的な能力がその利点のために選択され、その副産物として獲得された」という考え方もあり得る。
「他の一般的な能力」として考えられるものを挙げ、この発想を検討してみよう(これもパピノーの議論に準拠する)。
①他者の心を理解する能力の副産物として
他者の心の理解
=他人の行動をその日との信念と欲求から説明し、逆に信念と欲求から行動を予測すること。
この能力の説明にはシミュレーション理論と理論理論(theory-theory)の二つの考え方がある。
- シミュレーション理論→自分自身の意思決定プロセスをシミュレータとして他人の意思決定を推論する。
- 理論理論→私たちは予め他人の心を理解し行動を推測する理論のようなもの(「心の理論」)を持っている。これは一般的命題の集まりであり、そこに当てはめて推論する。
→いずれにしても、「他人の心を理解する」ことの利点・目的は「他人に対処するための自分自身のストラテジーを選択する」ためである。
→「自分の目的を果たすための目的手段推論の一形態であり、これを副産物ということはできない」として却下される。
②言語一般の運用能力の副産物として
言語能力の生物学的に見た目的の一つは、情報のストックを増やすことである。
→そもそも「すでに目的手段推論をしている生物にしかそのように増やした情報は役に立たない」という点で却下される。
もう少し丁寧に議論してみよう。「特殊者についての特定の情報のやりとりをするために言語能力が進化し、その後に普遍的主張も処理できるように進化して、それが目的手段推論にもとりこまれた」と考える。
→「特殊者言語から普遍的情報を処理する言語への進化的圧力となるものが想定しにくい」として却下される。*1
全体としても「進化の副産物としての目的手段推論がこういをみちびく生物学的システムにいままでにない仕方で介入しだす、などということが果たしてできるのか」という点から、目的手段推論はそれ自体が進化の選択であったと考えるのが結論として自然だろう。
人間は拡張機能付きのオシツオサレツ動物
目的手段推論は、とくに言語能力との関わりの深さから、進化的役割の中に位置づけるのがなかなか難しい。
パピノーは「コミュニケーションなどの目的のために進化した言語能力に、あとから付け加わった追加装置」として目的手段推論を位置づけている。
また人間の意思決定において、目的手段推論がどこまで影響力があるかについても議論がある。
→原則的には「オシツオサレツ表象」によって知覚と行動が結びつけられているが、余裕があるときに目的手段推論によってその傾向性をリセットできる、という考えが発生的視点からの合理的な見解となるだろう。
→人間は、目的手段推論というちょっとした拡張機能付きのオシツオサレツ動物なのである。
この拡張機能は「人間らしさ」と呼ばれるものに繋がっていく。
次章では人間の「自由」について、唯物論的・発生論的観点から考えていく。
【今回の三行まとめ】
- 表象の記述面と指令面を分離することは、生存における試行錯誤をシミュレーションとして行えるという点で有利である。そしてそのためには表象は「一様で」「言語のような構造を持つ」形でコードがされていなければならない。
- 目的手段推論は自覚的・客観的・普遍的な能力として定義され、なおかつそれ自体が進化の選択であったと考えられる。
- 人間は「目的手段推論をいう拡張機能を持ったオシツオサレツ動物」である。
【今回の宿題】
- 全体的にレイアウトが見づらい気がする
……ずいぶん間が空いてしまった後半でした。
ちょっとレイアウトというか、議論の構成がぶっきらぼうな感じになってしまいましたが、感覚を取り戻していきたいです。
それでは
KnoN(120min)
The Roots of Reason: Philosophical Essays on Rationality, Evolution, And Probability
- 作者: David Papineau
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*1:この議論はかなり省略した。
詳細はテキスト本文参照のこと。