KnoNの学び部屋

大学に8年在籍した後無事に就職した会社員が何かやるところ。

ロラン・バルト(シリーズ現代思想ガイドブック) その3(後編)

午前中に書き終わらなかったから、午後の講義が終わってからの仕上げです。

 

引き続き

ロラン・バルト (シリーズ 現代思想ガイドブック)(グレアム・アレン、2006)

第三章 記号学

の後編をやります。

 

ロラン・バルト (シリーズ 現代思想ガイドブック)

ロラン・バルト (シリーズ 現代思想ガイドブック)

 

  前回、バルトがソシュール記号学理論から神話を分析したことを説明した。

 言語学研究から始まったソシュール記号学ではあるが、バルトとソシュールではその包含関係において大きな違いがある。

 今回はその違いについて確認しつつ、バルトの記号学理論の実践である『モードの体系』について触れる。

 

言語記号がすべてを説明する

 ソシュール言語学を「〔やがて存在すべき〕記号の一般科学の単なる一部を形成するもの」と考えた。言語は記号の一形態に過ぎず、他の形態と同列にあるという認識である。

 

 対してバルトは言語に特権的な地位を与えている。言語記号こそが、記号の本質、その作用を有無を言わせない説得力で説明することができるモデルだからである。

→前回見たようなファースト・オーダーからセカンド・オーダーへの意味の変形も、言語によって記述されている。

→「ある実体が行う意味作用を近くすることは、不可避的に言語の個体化に立ち戻ることになり、指示されることなく意味があることなどないし、シニフィエの世界は言語活動の世界にほかならない」

 

⇒人間は「心中で自分と対話することによって考える」という考えがあることは以前紹介した。この場合でも、心中での言語活動が思考(世界への意味付け)の中心となっている。

ソシュール言語学記号学

 バルト :記号学言語学

 

 モードの二面性

 このようなバルトの記号学に対する考えは、「ファッションの流行(モード)」という極めて商業的な分野の分析を通して実践されることになる。

 当初の研究対象は「現実のモード(=人が実際に着ている服、さもなければせめて写真んに撮られた衣服)」であったが、後に「純然な書かれたものとしてのモード」(=雑誌などによるファッションの記述)に焦点がしぼられる。

 それは対象を大胆に限定し過ぎた面はあるが、モードのシステムの作用を示すという面においては効果的であった。

 

……衣装の装いはそこに至るまでの一連の構造を経るのであり、その上である意味、つまりひとつの記号を備えて読者と出会うことになるのだが、この記号の意味は完全に言語的なものであり、完全に言語に依拠しているのである。

 バルトは修辞的にこう問うている。「分節言語なしで成り立つようなシステムがはたしてひとつでもあるだろうか。意味作用をもつありとあらゆるものは宿命的にことばの中継を必要とするのではないか」

(強調、改行は筆者)

 

 バルトは「マトリックス」と名付ける単純な公式によってモードを記述する。

 この公式は意味作用の対象O、意味作用の支持項S、意味作用の変異項Vの3項からなる。*1

  例えば「スカートにゆったりしたブラウス」は次のように表象される。

 

   スカート/に/ゆったりした/ブラウス

    O      V     S

 

 ここで変異項V「ゆったりした」は他の内容に置き換えても何ら問題が無い。

→「半袖の」「デニムの」「シースルーの」

 

 このマトリックスの特徴として、次のようなものが挙げられている。

  • 適切な公式があれば、変異項と支持項に適合させるごく単純な調整のみで反復可能
  • マトリックスは複合(入れ子構造)できる
  • 一語のうちに意味作用の対象と支持項を含ませることができる

 

 このような基礎の上では、流行システムとは変異項の年ごとの変化であるとの観点から理解され得る。ドレスはもちろん毎年あり続ける。だが、ロングであるかショートであるか、プリーツであるかテーパードであるか、ジッパー閉じであるかボタン閉じであるかなどの変異項により、単なる諸要素のストックからモード・システムが自己のメッセ時を永続的に再創造して再発生させることを可能にするのである。

 

 ここでやはり「モードの二面性」について考えねばならない。モード・システムに「実在の衣服」と衣服の視覚表象、そして「書かれた衣服」が含まれている。

 バルトは言語学からのアプローチを用いて、「世界について(A系)」のシニフィエと「モードそれ自体(B系)」のシニフィエに分け、メッセージの組み立てを検討している。

世界について(A系)→コノテーション(共示、そこに込められた象徴的意味):セカンド・オーダーの系

モードについて(B系)→デノテーション(明示、文字通りの意味):ファースト・オーダーの系

 

 モードのエクリチュールは「結合 ●」と「等価 ≡」で示すことができる。

 例えば「街中でのデイタイムの服装は白いドットでアクセントをつけましょう」といった発話内容を再構成すると、

   デイタイムの服装 ● アクセントをつける ● 白 ≡ 都会

 という式(結合と等価のセット)で表せる。*2

 

 この2つの系の連鎖を押し進めていくと、究極的には見えているもの(陳述のシニフィエ)は、明示的に発話の表現と内容に含まれている字義的なこととは、何か別のことを意味してくることになる(「修辞的コード」)。

→修辞的コードは、モードのシステムが読者に受け容れさせたいと願っている世界観、イデオロギー的な諸記号を含んでいる。

 

⇒「デイタイムの服装の白いドットは都市の記号である」→都会っぽいから、買え!

 

……モードは、バルトの『神話作用』の読者にはすでに馴染みの仕方で作用する。モードという神話は、有用性や自然らしさの見かけの背後に本当の意味を隠す(集合Aの場合)か、一種の法制上の規定事実としての意味を宣言する(集合Bの場合)かのどちらかである。

 「神話」の形態としてのモードは、人工的なものを「自然」の記号に改変してしまい、そうした変換が遂行された事実を隠すのだ。

 

→結合と等価のシステムは、編集者などのごく少数の意思決定により生成されている。それにも関わらず、そのような恣意的な関係があたかも「必然的なイメージ」(=自然で一種の不可避的な法)のように呈示されているのである。

 

⇒バルトのいうブルジョワ・イデオロギー、つまりあらゆる活動の商業主義化への重力により、人々の欲望を喚起し消費を過熱させる方向に都合良く情報を結びつけている。

 

 

【今回の三行まとめ】

  •  ある表徴が「特定のイデオロギーを背景に持つににもかかわらず、あたかも自然的で普遍的なものであるかのように現れる」ことがある。これをバルトは「神話」と呼ぶ。
  • ソシュール言語学におけるシニフィアン(徴)とシニフィエ(意味)の概念、そしてそのシーニュ(記号)の多層性というモデルにより、神話の意味作用を説明できる。
  • モード(流行)に関する言説の分析を通じ、その実例を指摘した。

 

【今回の宿題】

  • 言語記号の特権性についての検討

 

 

……やっぱり前後編にせず、ひとつの記事でまとめた方が良かったかな。時間の都合もあったけど。

 このあたりは、自分ではすでに考えたことの復習みたいな形になっているので理解しにくいという部分は無いですね。用語がきちんと整備されてくるのがありがたいです。「シニフィアン/シニフィエ」の使い勝手が良すぎる。

 次回はおなじような思考の枠組で文学を対象とした「構造主義」を取り扱います。

 

それでは

 

KnoN(60+40min)

 

ロラン・バルト モード論集 (ちくま学芸文庫)

ロラン・バルト モード論集 (ちくま学芸文庫)

 

 

 

*1:これは英語文法で習った目的語Object、主語Subject、動詞Verbと同じ(厳密にはその仏語に対応するもの)頭文字なのだろうか。

それとも「変異」だからVariable(変数)の方かな?

*2:個人的には結合を×、等価を=で表記した

   デイタイムの服装 × アクセントをつける × 白 = 都会

 の方がわかりやすい