読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

KnoNの学び部屋

落ち着きのない大学院生が専攻に関係ない(むしろそっちのけで)学んだコトを記録しておく場所

現代思想の教科書 その11

7.『現代思想の教科書』

気を取り直して。

 

引き続き

現代思想の教科書 (ちくま学芸文庫)石田英敬、2010)

11 「戦争について」 ー戦争はなぜ終わらないのかー

をやります。

 

現代思想の教科書 (ちくま学芸文庫)

現代思想の教科書 (ちくま学芸文庫)

 

 

11 「戦争について」 ー戦争はなぜ終わらないのかー

 本章では西田修(東京外語大学大学院教授・当時)を講師とし、「戦争と世界史、20世紀以後の人間の存在論的な条件」について考える。

 

戦争の二面性 

 そもそも「戦争」とはなにか。

→現代の私たちが前提とする「国家間の戦争」という概念が成立したのは17世紀後半のヨーロッパ*1という、非常に限定された状況においてである。

 また日本語の「戦争」という用語も近代に導入した翻訳語であり、従来の「戦(いくさ)」「乱」「役」という用語とは違う在り方を示すものであった。

→「戦争」は客観的には定義しにくい概念である。

 

 戦争においては2つの異なる見方がある。

  • 個人からなる集団全体の主体的活動としての「やる」戦争
  • 集団に属する個人をとりまく受動的状況としての「まきこまれる」戦争

→戦争状態においては「全体>>個人」となり、個に対する全体の圧倒的優位がおこる。

→どちらの側に立つかによって、イメージされる「戦争」の姿が全く異なるものになってしまう。

 

 このように戦争の局面においては「共同体」の側面が前景化する。

→勝敗に寄らず、集団の秩序・構成が一変する。また集団のためにその身を呈して戦うことが集団の共同性を価値づけるための行為になる。

→戦争は共同体形成の大きなファクターであった。

ナショナリズムイデオロギーはそのような要素を近代国家に組み込むという働きをしている。

 

 

啓蒙の時代の戦争

 戦争について最初に体系的な思想を展開したのはクラウゼヴィッツである。クラウゼヴィッツは「戦争とは別の手段による政治の延長である」という定式化を行った。

→国家間戦争の前提

 

 国家間戦争の成立には明確な二つの用件がある。

  • 主権国家同士の「正しい」戦争であること
  • 国民意識という統合原理によって根拠づけられた国民国家」による戦争であること

→産業化による社会の組織化と合わせ、近代の戦争は「組織化された社会とそれに組み込まれた人々」によって支えられていた。

 

 戦争行為は「他者の征服・同化が人間の本質」だとする欧州近代哲学の志向の中で位置づけられる。

→人間は自然を支配するものとして自らを実現する。同様に、周辺を征服していく膨張のプロセスが正当化される。

 

 ただしこの論理は行き詰まりが内包されている。

→他者あるいは外部を否定し尽くしたときに、全体として出来上がった自分自身をもまた否定してしまう。

帝国主義の論理とその終局としての世界大戦

 

 この征服・同化の論理は、近代の時代を開いた「啓蒙」とパラレルの関係にある。

→「光の文明」で「自然」を照らすことで文明の世界を拡大していく。

 

 こうした「理性の近代」への懐疑が、ハイデガーのような人間の実存を考える哲学を生む背景となった。

→「戦争の世紀」が、理性の懐疑という形でのポスト・モダン状況を用意したと言える。

 

非対称と一方性

 2001年のアメリカ同時多発テロ以降、「国家間の戦争」から「非対称的な戦争」に戦争の主流が変化してきている。

→アメリカを代表とするグローバル秩序と、それを攪乱するテロリスト、という構図。

→グローバル秩序の体現者が「正義」、それへの反抗を「悪」とする矮小化されたストーリーが膾炙してしまっている。

「第三項」によるその戦争の正当性への審判が失われている。秩序の側が「善悪」を判断し、一方的に制裁の暴力を振るっている。

=「戦争が腐乱している」

 

ウェストファリア条約は戦争に宗教の「大義」を掲げることを止めさせ、あくまで「政治解決の手段」として戦争を定義した。正義の奪い合いをする現状は先祖帰りしていると言える?

 

 戦争はなぜ終わらないか。

→旧来の「世界を一元化する理論」はもはや失効してしまっている。

→「平和」の為に戦争をやめるというのではなく、「安全」を守るための戦争を行わなければならない。

→戦争をめぐる構造の変化を受け入れ、それに対処していかなければならない。

 

 

【今回の三行まとめ】

  • 戦争には「主体の活動」「巻き込まれる状況」という二つの側面がある。全体が個人に対して圧倒的な優位に立つことで、集団の共同性が浮き彫りにされる。
  • 西洋哲学の伝統の中で戦争は「外部の征服・同化」という人間の本質の中に位置づけられてきた。しかしその極地として「自らを否定する」世界大戦を引き起こし、理性に対する懐疑というポスト・モダン状況をもたらした。
  • 現代の「非対称的戦争」は近代の「主権国家同士の正当な戦争」という枠組を無効化させた。「強大な秩序」と「秩序への反逆者」という構図の中で、戦争の正当性を審判する第三項が不在となり、「戦争の腐乱」が起こっている。

 

【今回の宿題】

  • 「外部の征服・同化」の議論
  • 「大義」の奪い合いの歴史

 

……こうしてみると「戦争の在り方」というものも時代とともに大きく変化してきたのだと分かる。

 限定的な政治の延長としての戦争から、国家の存亡をかけた総力戦、そして安全保障のための非対称戦争へ。

 国家の軍事力は何のためにあるのか、その足下を見直さなければならない時代なのでしょう。

 

それでは

 

KnoN(70min)

 

夜の鼓動にふれる―戦争論講義

夜の鼓動にふれる―戦争論講義

 

 

戦争論〈上〉 (岩波文庫)

戦争論〈上〉 (岩波文庫)

 

 

*1:当時のヨーロッパではカトリックプロテスタントの対立をきっかけとした三十年戦争が戦われていた。その戦後体制を規定したウェストファリア条約により神聖ローマ帝国の実質的な解体と多数の主権国家の並立という枠組が構築された。