読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

KnoNの学び部屋

落ち着きのない大学院生が専攻に関係ない(むしろそっちのけで)学んだコトを記録しておく場所

ロラン・バルト(シリーズ現代思想ガイドブック) その9

このところ夏日の暑さが続いたので、今日の雨模様はさわやかで心地よいです。

でもこれが二日三日と続くと鬱陶しく感じるようになるんだろうなー。

 

引き続き

ロラン・バルト (シリーズ 現代思想ガイドブック)(グレアム・アレン、2006)

第九章 『明るい部屋』

そして

バルト以降

をやります。

 

ロラン・バルト (シリーズ 現代思想ガイドブック)

ロラン・バルト (シリーズ 現代思想ガイドブック)

 

 

第九章 『明るい部屋』

 『明るい部屋』はバルト最後の著作である。この本において、バルトは写真映像の本質についての理論(となるであろうもの)を提供しながら、亡くなった最愛の母(アンリエット・バルト)の写真についての私的なエクリチュールによる実践を行う。

 

ストゥディウムとプンクトゥム

 『明るい部屋』は二部に分かれている。写真の理論への取り組みを語った第一部、そしてその理論を彼の家族の写真、特に母親の写真に応用する第二部である。

 方法論のディスクールの中に、(母の喪に服すという)完全に私的なディスクールをブレンドしたテクストであり、『彼自身によるロラン・バルト』や『恋愛のディスクール』とは多少異なるものの、同じくロマネスクなものを含んでいる。

 

 第一部において、バルトは前回の「第三の意味」を換言し「ストゥディウム」と「プンクトゥム」と呼ぶものの区別を行っている。

ストゥディウム=明白な意味。文化的にコード化された意味。

プンクトゥム =鈍い意味、第三の意味。意味作用を反転させるような意味。

 

 しかし多くの注釈者が指摘しているように、ここには明らかな問題がある。

 バルトは『明るい部屋』の中で、自分がそれぞれの写真のどこにプンクトゥムを見出すかをコメントしているのだが、このように「語り得るもの」としてしまった時点でそれはストゥディウムの項目に含まれるはずなのだ。

プンクトゥムとはコミュニケーション不可能なものでなければならない。

 

 バルト自身、この問題には気づいている。そして第二部の冒頭において、バルトは自ら構築したこの理論を放棄してしまうのである。そして五歳当時の母の写真(「温室庭園の写真」)の発見をベースにした、プンクトゥムの新しい定義に向けて研究は進められる。

 

見出し、失う

 バルトにとってここでの問題は、単に身体的に私的な経験を一般用語によって語り得るかという問題ではない。「自己の記述が彼女を「母なるもの」の形象の一般的なシンボリズムに翻訳することなく、母について語ることの不可能性」への挑戦なのである。*1

 

 そしてこの「温室庭園の写真」を巡るバルトの記述から、ダイアナ・ナイト*2は「実際にはこの写真は存在しない」という結論を導く。

「温室庭園の写真」をここに掲げることはできない。それはわたしにとってしか存在しないのである。諸君にとっては、それは関心のない一枚の写真、《日常》の幾千もの表現のうちのひとつにすぎないであろう。それはいかなる点に置いてもひとつの科学の目に見える対象とは成り得ない。語の積極的な意味で、それは客観性を構成することが出来ない。時代や衣服、撮影技法が、せいぜい諸君の《ストゥディウム》の関心を呼ぶかもしれないが、それ自体として、諸君にとってはなんの傷もないのである。

(バルト『明るい部屋』)

 

 写真が実在するかどうかは問題ではない。バルトが「温室庭園の写真」という私的でコミュニケートできない基礎の上に練り上げる理論は、再び私たちを写真の指向対象の問題に連れ戻す。

→書かれたテクスト、絵画のテクストと異なり、「写真では、それがかつてそこに在ったをわたしは決して否定できない」。

 

 無論、この議論には大きな問題がある。前回にも私見として差し挟んだが、当時もマージョリー・パーロフなどによって指摘されていた。

→パーロフはクリスチャン・ボルタンスキーの芸術写真を挙げ、「写真は嘘をつく。写真は真実を話さず、文化コードを話すだけである」ということを例証している。

 

 しかしバルトの議論は、単なる写真の字義的指向性の主張よりもずっと複雑なところがある。バルトが引き出したプンクトゥムの新たな定義とは、「時間、つまりノマエ(「それ-が-あった」)の胸を引き裂く強調、その純粋な表象」というものであった。

 

⇒重要なのはやはり時間性の問題である。写真は、「かつて、それがあった」光景を写す。それは「いま、それがある」ことを意味しない。むしろ「いまは、それはない(失われた)」ということを含意している。

→写真は、映像と指向対象との間の直接的な類似を提供するのではなくて、むしろすでに死んだもの、ありは死につつあるものの実在性を証言する。

プンクトゥムの二重の効果=失われたものが再び見出されて、遂にはまた失われてしまうプロセス

 

……写真の不動性は、いわば「現実」と「生」の二つの概念の間での倒錯した混同の結果なのである。対象が現実のものであったことを保証することで、写真は密かにそれが生きているものであると思い込ませるのであるが、その原因はわれわれの錯覚にある。

 この錯覚のために、わたしたちは「実在性」にどこか永遠的ともいえる全体的に優越する価値を与えてしまうのである。しかし、この実在性から過去(「これ-は-あった」)に移行することで、写真はそれがすでに死んでしまっていることも示唆するのである。

(バルト『明るい部屋』)

(改行、強調は筆者)

 

 

バルト以降

 バルト「以降(after)」という語には、3つのレベルの意味が含まれている。

  1. バルトの死という出来事の直接の衝撃
  2. バルトの仕事が後続の理論家・批評家にどのような成果を提供したか
  3. バルトの仕事のどの要素がいまでも残り、未だ実現されないものとして積み残されているか

である。

 

ロラン・バルトの死

 母アンリエットの死から3年後の1980年、後の大統領フランソワ・ミッテラン主催の昼食会に招かれたバルトはその帰り道、クリーニング屋のミニバンに撥ねられてしまう。

 約一ヶ月間、病院で小康状態を続けたものの、最愛の母の死から未だ立ち直れていなかったロラン・バルトには充分な気力がなく、そのまま他界してしまうこととなるのであった。

 バルトの死は衝撃ではあったが、それを上回るショッキングなニュースによって世間の注目は上書きされる。バルトの死から僅か半月ほど遅れて、ジャン=ポール・サルトルが亡くなったのだ。

 こうしてロラン・バルトは少数の友人たちにのみ見送られ、ひっそりとこの世を去った。しかしその影響は今日においても続いているのである。

 

ロラン・バルトの影響

 バルトの理念の影響は人文学のさまざまな領域に大きなインパクトを与えた。

 文学の著者性について「作者の死」に触れずに議論できるものはいないし、テクスト性は文学研究の重要なファクターである。『神話作用』や『モードの体系』を含めて、メディアや表象、政治、文化などを学ぶ者はバルトの作品を無視して進むことは出来ない。さらに言語学やコンピュータ・サイエンスにもバルトの影響は大きく、ハイパーテクストの理論と実践の第一人者であるジョージ・P・ランドウ*3は彼の著作の中でバルトに特権的な位置を与えている。

 

 バルトの影響は各界に大きい。しかしバルトに倣って理論を実践する者は誰もいないということも、また真実なのである。

 これはバルトのやり方に価値がないということを意味しない。そもそも本質において、バルトは模倣の出来ない「作家」なのだ。

 バルトは著述の全生涯を通じて、新しいディスクール、安易なカテゴリー分類に抵抗するディスクールを生み出すことに拘った。批評は常に支配的イデオロギーへの堕落の危機にさらされ、賞味期限が切れる前の更新を必要としている。「理論」の語がなにを意味しているのかという問いをわたしたちに投げかけ、決して立ち止まらない持続性を求めている。

 

バルトの影響*4

 グローバリゼーション、新しいナショナリズムの勃興、人間と人工知能、ウェブと現実などといった21世紀の諸問題に対し、バルトの作品はいまでも関与性を有するのだろうか。

 バルトの仕事自体は戦後フランスの文脈に集中しており、芸術と思想における前衛とブルジョワ文化との対立を常に中心としている。バルトは永遠に「パリ解放から冷戦の終焉まで」の時期の人物なのである。

 

 しかしバルトはすでに当時から、自らの手法の古さについて語っている。常に更新を必要とするバルトの思想において、生み出したものはその瞬間から古びたものとなり、死に向かい始める。そしてバルトにとって、「死ぬということは、ひとつの名前、イメージ、意味に吸収されるということであり、自らのエクリチュールが単一で安定した、疎通可能な(要約可能な)意味へと変形されるのを目撃すること」である。

 

 バルトは読者に影響よりも先例・実践を提供する。現代に生きるわたしたちは、そのアンガジュマン(参加)の様式を継続することの可能性を引き継ぎ、感じ取ることができるのである。

 

 

【今回の三行まとめ】

  • バルトは『明るい部屋』において、「明白な意味/鈍い意味」を「ストゥディウム/プンクトゥム」と換言した。しかしそれは当初から矛盾を含んだ分類であった。
  • 「温室庭園の写真」を巡る思索から、バルトはプンクトゥムの新たな定義を模索する。写真の時間性の問題を含む「見出したものを再び失う」プロセスとしての定義である。
  • バルトに「続く」ということは、その手法を模倣することではない。常にその方法を更新し、継続的にアンガジュマンしていく態度こそ引き継がれるべきものである。

【今回の宿題】

 

 

……こんな感じでしょう。

 前半の『明るい部屋』についての議論は、途中わかりにくいことはありましたが、最終的な結論について理解した実感があるので大丈夫だと思います。

 後半についても、内容的にはここまで学んできたことを再確認しているだけなのでこまったこともありませんでしたね。

 一回でやるには長いですが、分けてやるには短いのでまとめてやりました。

 最後に全編を通したまとめをやり、このテキストを締めたいと思います。

 

それでは

 

KnoN(120min)

 

明るい部屋―写真についての覚書

明るい部屋―写真についての覚書

 

 

*1:正直、この二つがどう違うのか分からない

*2:よくわからないが、どうやらバルトの研究者。Diana Knight

*3:リンク先は英語版WikiPedia。重要人物らしいのに日本語版には記事がない。

*4:この章(「バルト以降」)の小見出しはすべてテキストのものをそのまま採用している。
したがって第2節が「ロラン・バルトの影響」、第3節が「バルトの影響」なのもそのままなのだが、この微妙な違いが意図しているところを感じ取ることは出来なかった。