KnoNの学び部屋

大学に8年在籍した後無事に就職した会社員が何かやるところ。

環境心理学 環境デザインへのパースペクティブ

 また脱線した話です。いや、まったくの別の話という訳でもないんですが。

 

 明日、研究室の学部生との卒論ゼミ(卒業論文のための学生ゼミ)があるのですが、そこで参考になりそうな基本文献を紹介するようにと博士課程の先輩から言われたのですね。

 自分たちのときはそういうのもなくて、かといって自分で全部目を通すにも学科の課題もあったりで時間が足りず。後輩のためと思って頑張って書きました。

(こういうブログを初めて、「考えを書いてまとめる」ということが楽しくなってきている節もあります)

 

 で、ガリガリ書いてたら結構な時間を食ってしまったのでこっちにも流用することにしました。手抜きとか言わない。

 「人と空間環境との関わり」は自分がこういったことを考えるきっかけ(の一つ)だったので、自分の原点を振り返る意味でも良いチャンスだったんじゃないでしょうか。

 

というわけで

環境心理学―環境デザインへのパースペクティブ(槙究、2004)

の簡易レビューをやっていきます。

 

環境心理学―環境デザインへのパースペクティブ

環境心理学―環境デザインへのパースペクティブ

 

 

 文献レビュー:環境心理学 環境デザインへのパースベクティブ

◯概要

 槙究(まき・きわむ)による環境心理学の体系的な入門書。あとがきの中でこの本の目的として次の3つが掲げられている。

  • 環境心理学に興味を持つ人を増やす
  • 環境心理学の全体像を呈示する
  • 著者の興味を周囲に示すことで、新たな情報を教えてもらえるチャンスを広げる

 

 そもそも環境心理学という分野が具体化してきたのは1960年代後半のアメリカである。同時期にヨーロッパでは建築心理学(Architectural Psychology)が研究領域として形成され、日本では二次大戦期に西山夘三らによってなされた「住み方調査」があるが、心理学的な手法が導入されたのはやはり60年代の後半である。

 人間と環境の関わりを探る動きが同時期に発生してきたのはなぜか。著者は大量消費社会の到来とともに顕在化した、産業化の負の側面に対する関心の高まりがその背景にあると考える。都市のスラム、公害問題、住宅不足などに加え、人権意識の高まりもあった。

 また心理学の分野においても、従来主流であった行動主義(環境刺激に対する行動という観察可能なもの同士の関係を記述する)に対する批判から認知心理学が生まれていたことも指摘している。「こころ」そのもののメカニズムを考察していこうという立場である。

 このような「心理」「人間性」に対する関心の高まりが、建物や都市というわれわれを包み込んでいる人工的な空間に対しても批判的なまなざしを向ける発想を生み出し、「環境心理学」として具体化していったと考えられる。

 

 本書では環境心理学について、概念や考え方を軸に系統的に配置することで全体を概観するというスタンスを採用している。扱われるコンセプトは次のようなものである(レビュアー独自の分類、数字は章番号)。 

 この分類に基づき、それぞれの内容について簡単に紹介する。

  ◯環境を認知する→3、5、6、7

  ◯環境の中で行動する→2、4、8

  ◯人という環境→10、11、13

  ◯「非常」な環境→9、12、14

  ◯環境を作る→15、16、17

 

 

◯環境を認知する

⇒第三章 環境の記憶、第五章 環境の知覚、第六章 環境を評価する人、第七章 環境美学

 

 このグループではそもそも人が環境というものをどのように捉えているかを考える。

  

 第三章では「認知地図」をキーワードにリンチやカンターなどの研究を紹介している。リンチの示した認知地図の5つの構成要素(パス、ノード、ディストリクト、エッジ、ランドマーク)と認知地図が保持す3つの情報(アイデンティティ、ストラクチャー、ミーニング)のアイデアはその後の研究にも大きく影響している。

 

 第五章では、いわゆる建築環境分野のような、人間の生理的な環境知覚のメカニズムについて解説している。フェヒナーの法則、プレグナンツの法則など。

 

 第六章、第七章ではそのように認知された環境情報に対し、どのように評価するかを検討している。第六章がSD法や評価グリッド法などの手法について、第七章が「善し悪し」の基準に関わる思想について着目している。

 

 「評価」を表す単語にはアプレイザル(appraisal)とアセスメント(assessment)があるが、アプレイザルが主観的な評価、アセスメントが客観的な評価と言うニュアンスを持つ。アセスメントでは客観性を重視するため、えてして「物理的に測定しやすい尺度」が用いられる傾向がある。環境と触れるのが人間という意味の世界に生きる存在であることを考えると、アプレイザル的な見方を失わないことが重要である。

 

 

◯環境の中で行動する

⇒第二章 ほのめかす環境、第四章 環境の探索、第八章 環境の使いやすさ

 

 このグループでは認知した環境の中で人がどのようにふるまっているかに着目する。

 

 第二章では人の行動を規定する要因として、「」の概念を想定している。生態学的心理学を提唱したバーガーは、日常正確を行動場面(behavior setting)の集合として捉えるとこを提案した。またギブソンは「人々は環境の意味を読み取って行動している」としてアフォーダンスの概念を提唱している。

 

 第四章は特に「未知の空間での行動」を取り挙げている。ナイサーの知覚循環概念図を探索行動のモデルとして読み替え、ヒューリステックなどの行動方略のバリエーションや脳内地図(線的なルートマップ、面的なサーベイマップ)の違いなどを織り込んだ修正モデルを示している。

 

 第八章は空間環境を「使う」という観点で考えている。照明のコントロールパネルや水道の蛇口は機能と構造に恣意的な対応付けがなされている場合があり、機械的な「暗記」が必要となってしまう場合がある。ノーマンは物理的・意味的・文化的・論理的という、4種の「環境に埋め込まれた制約(constraint)」を考え、適切な制約が空間的アナロジーを誘発しわかりやすさに貢献するとしている。

 人は全ての情報を保持しているわけではなく、環境に埋め込まれた情報を参照、解釈しながら行動している。このような環境と人との間の情報のやりとりに着目した考え方をトランスアクショナリズム(transactionalism)という。

 

 

◯人という環境

⇒第十章 人のいる環境、第十一章 環境との結びつき、第十三章 発達と環境

 

 環境は建築や都市といった物理的なものに限らない。このグループでは人と人の間に生まれる環境について検討する。

 

 第十章は人というものを環境要素として考えたときに、どのような振る舞いが見られるかについてパーソナル・スペース、ソシオペタル/フーガル、見知った他人(familiar stranger)などの概念を使って説明している。人の存在は前述の行動場面を規定する重要な要素でもある。

 

 第十一章では「テリトリー」という概念を軸に、他人の存在が場所に対する意識をどのように変化させるかを見ている。マーキングやパーソナライゼーションにより場所の占有を主張し、そういった場所に愛着が生まれ、そこから引き離されるときの環境移行が危機となりうる、などの内容である。

 

 第十三章は発達心理学の知見を参照しながら、環境の認知システムがどのように形成されるかを考える。位相的→射影的→距離的という空間把握能力の三段階や、幼少期の環境がパーソナル・スペースやテリトリーの形成にどのような影響をあたえるか、文化的な要因がどのように人の行動様式を規定しているかなどが主たるトピックとなる。

 

 

◯「非常」な環境

⇒第九章 環境の安全性、第十二章 環境ストレス、第十四章 少数派の環境

 

 これまではいわゆる「平時」の環境を前提としてきたが、多様な現実の中ではそうではない環境もありうる。このグループはそのような「非常」な環境を対象とする。

 

 第九章は犯罪や災害などを念頭に、環境の安全性について議論している。泥棒に入られにくくする象徴的なバリアや、さりげない監視がなされている街路、犯罪を誘発しやすい高層住宅としにくい高層住宅のちがいについて。あるいは災害を日頃から警戒する災害のサブカルチャーの存在や、火災時などの群衆行動の心理などである。

 

 第十二章で議論されるのは、人は環境ストレスとどう付き合っているのかである。例えば混雑(過密)は人にストレスを与えるが、ストレスを感じる密度は状況により異なっている。そのため単純な密度(density)と混み合い感(クラウディング、crowding)は区別すべきとされている。ストレスはその認知の仕方によって生理的な影響の度合いが変わってくる。ストレッサーの認知構造を考慮した環境デザインが望まれる。

 

 第十四章は、高齢者や子ども、障害者などのマイノリティ(少数派)への配慮をどうするかについて考えている。代表的な考え方としてはユニバーサル・デザインとバリアフリーがあるが必ずしも万能ではない。利用者多様性については常に念頭に置いておく必要があるだろう。

 

 

◯環境を作る

⇒第十五章 環境構築プロセス、第十六章 環境調節、第十七章 環境整備のあり方

 

 最後のグループでは、これまでに蓄積された知見を総合してどのような環境を作っていくかをテーマとする。

 

 第十五章では環境を作り上げていくときのデザイナー、クライアント、ユーザーの関係について取り上げている。ツァイゼルやカプランはこの三者間において情報のギャップが生じていることを強調し、具体的なイメージや理解可能なフォーマットで表現することでそれを埋めることの重要性を説いている。またアレグザンダーはPOE(Post-Occupancy Evaluation)的にその都度細かく修正しながら進行する建築プロセスの導入を主張している。

 

 第十六章ではすでにある環境に対しユーザーがどのように対応しているかに着目している。宇治川正人らは環境の特徴を重要と満足度の二軸で分類したベネフィット・ポートフォリオを用いて分析し、実際の改装の中で重要度を損ねずに満足度を向上させる実験を行っている。重要なのは、自分で環境を調整することが達成感や制御感につながり環境構築・メンテナンスへの積極性を増しうるという効果であろう。

 

 第十七章は全体のまとめとなる章である。「環境は選択肢を提供しているのであり、人間の状態、状況、立場、目的などによって環境の解釈は変化し、それが評価や行動の違いとなって表出する」というモデル(環境選択肢提供論)というスタンス、デザイナーの側の視点の多様性、問題を解決するのは教育か環境整備かという問題などが語られているが、これはいい加減な要約をするよりも原文を読んでもらった方が良いだろう。

 

 

……ざっとこんな感じですか。学術的な文献レビューというものをやったことがないので、作法に則ったものになっているかはわかりませんが、要は興味を持ってもらえればいいのです。

 個人的な関心は「第三章 環境の記憶」や「環境の中で行動する」の各章、「第十五章 環境構築プロセス」のあたりです。

 「人と環境の対話(=情報のやりとり)」を解き明かしたい、それを空間環境の整備に役立てたいと考えています。……ただこれは、自分のより深い関心の応用だという位置づけが明らかになってしまい、ちょっと優先順位が下がってしまっていますが。

 今日はこのあたりにしておきましょうか。

 

それでは

 

KnoN(180min)

都市のイメージ 新装版

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誰のためのデザイン?―認知科学者のデザイン原論 (新曜社認知科学選書)

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