KnoNの学び部屋

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哲学入門 その6(前編)

七月リスタート。

 

引き続き

哲学入門 (ちくま新書)戸田山和久、2014)

第六章 自由

の前半をやります。

今回短め。

 

哲学入門 (ちくま新書)

哲学入門 (ちくま新書)

 

 

第六章 自由

 前回「人間は目的手段推論という拡張機能をもったオシツオサレツ動物である」ということを確認した。

 このオシツオサレツ動物は「記述面の表象が生まれたら必ず何らかの行動が指令される」という点で「自由ではない」。

 唯物論的・発生論的観点から、「自由とは何か」「自由であることの価値は何か」について考えていく。

 

 

自由意志はありえない

 自由意志の存在については古くから「自由と決定論の問題」として検討されている。

 リアリティとしての自由意志を感じる一方で、「ものごとは予め何らかの方法で規定されており、自由意志はありえない」とする立場(決定論)も存在する。

  1. 神学的決定論
    =世界の全ての成り行きは造物主によってすでに決められている
    予定説
  2. 物理学的決定論
    =世界の全ての成り行きは物理法則と初期条件によってすでに決められている
    →"ラプラスの悪魔"
  3. メカニズム決定論
    =(世界全体はともかく)われわれの意思決定は外部環境からの入力に対する内部メカニズムの応答結果として決められている
    →部分的な決定論だが、それもわれわれの自由意志を脅かす

 

→自由と決定論の問題は「責任ある自由な行為主体」と「認知計算メカニズム」という二つの自己理解の対立として考えていくべき。

 

 この問題に対して取りうる立場として、おおまかに3つ考えられる。

  1. 非両立論(incompatibilism)=自由意志と決定論は両立しない
    リバタリアニズム(libertarianism)=人間の行為に関しては自由がある
    ハードな決定論(hard determinism)=自由意志はなく、決定論的システムである
  2. 両立論(bonpatiblism)、ソフトな決定論(soft ~)=自由と決定論は両立する

 

→本章ではまず「両立論」の立場をとり、二つの自己理解がなんとか両立できないかを探っていくことにする。

→その上「ハードな決定論」が正しいとした場合に生じる倫理的な問題についても次章で検討していく。

 

 

「安上がりな」自由意志

 両立論の代表として再びダニエル・デネットを取り上げ、その議論を見ていくことにする。

デネットの議論は非常にユニークな性格を持ち、正統派の哲学的議論と違う視点から問題を見ている。そしてのそのズレは「唯物論的・発生論的・自然主義」な本書の立場に一致するものである。

 

デネットの議論の特徴

  • 自然主義の精神
  • 一見して自由意志とあまり関係がなさそうな問題と絡めて論じる
  • むしろ自由のためには決定論が必要である
  • 「自由意志」の概念を改訂的に扱う
    →自由意志の理論的な再定義を行おうとする

 

 最後の項目については説明が必要であろう。

 両立論者と非両立論者(特にリバタリアン)との議論では「自由意志のインフレ」を招く傾向がある。

→両立論者が「こういう意味での自由意志は決定論と両立しうる」と主張すれば、「自由意志にはより多くの意味が含まれる。その大きい自由意志は決定論と両立しない」と反論する。

→最終的には、個々人の中にあらゆる因果の源である「不動の第一動者*1」が存在しなければならない、とまで拡大する(行為者因果)が、これは直観に反する。

 

 デネットは「自由意志のインフレ」に対し、範囲を限定した「安上がりな」ものとして自由意志を再定義すべきであり、それこそが「われわれが望むに値する」自由意志なのだということを主張する。

⇒理論を展開する・世の中のことを説明するのにちょうどいい自由の程度を見極めるべき。

 

 

自由意志とは自己コントロールの能力である

 「自由」の概念を考える前に、それが二つの重要なサブ概念と関係していることを確認する。

  • 他行為可能性(or 不可避性
    =行動の選択において「違う選択肢があったか」どうか。不可避な行動ならば「自由」だったとはいえない。
  • 自己コントロール
    =確率的に次の行動が決定されていない、のではなく、あくまで「自分の意志で」次の行動を決定できるか。*2

 

 ここまで「自由」概念の概念分析を行っていた。議論を進め、デネットは次のような仮説を提出する。

デネットの仮説:

  • 基本的に、自由意志=自己コントロールの能力
  • 原始的な生きものにもその萌芽はみられる。表象の進化に伴いその能力が進化した。

 

 この仮説が自由意志と決定論的メカニズムの対立をいかにして解消できるか、他行為可能性の要求をどのように弱めるかを検討していく。

 

 

【今回の三行まとめ】

  • 「人間の行為は外部環境からの入力と内部メカニズムの応答によって決定される」というメカニズム決定論が、われわれの自由と決定論的メカニズムの対立を考える上で問題となってくる。
  • 両立論者と非両立論者との議論ではしばしば「自由意志のインフレ」が起こる。それに対しデネットは「安上がりな自由意志」を再定義することで実践に役立てるべしと主張する。
  • デネットは自由意志を自己コントロールの能力であると考え、それは表象の進化に伴い発達したとする仮説を立てた。

 

【今回の宿題】

  • とくになし

 

……短めだが、ここから先の議論はもう一度読み直してからまとめたいのでここで区切り。午前中にできるようにペースを戻したい。

 

それでは

 

KnoN(90min)

 

岩波講座 哲学〈2〉形而上学の現在

岩波講座 哲学〈2〉形而上学の現在

 

 

*1:アリストテレスが考えたあらゆる運動の究極の原因。神学的には"神"がこれにあたるとする。

*2:テキストでは量子力学古典力学の関わりから決定論と偶然性の説明がなされていたが、本稿では割愛する。